昭和レトロ家電

ず〜っと前から行こう行こうと思っていた『昭和レトロ家電 −増田健一
コレクション展−』に、やっとお邪魔することができました。

昭和レトロ家電.jpg

増田健一さんが20年にわたって、全国各地から昭和30年代の家電を
中心として収集してきた生活用品、約500点のコレクションが一堂に
集められていました。
私は昭和37年生まれなので、まったく覚えの無かった物も多かった
ですが、確かに自宅に存在していた洗濯機や電気釜を見るに付けては、
沸々と懐かしさがこみ上げてきました。

それにしてもすごい数・・・よくこれだけ集められたなぁと感心する私。
場内は写真撮影禁止のため、画像を紹介することはできませんが、
珍品というか、驚きの一品というか、二点ほど増田さんのブログから
画像を拝借することに。(これも著作権違反か!? ごめんなさい。)

1点目は、東芝製の電子卓上計算機(電卓)「トスカル」です。
一見するとその大きさからレジスターかと思わせる一品で、
増田さんによると、四則計算のみの機能で、お値段なんと39万円!!
当時、軽乗用車のスバル360が38万円で、車より高い電卓でした。

東芝 トスカル.jpg

続いて2点目は、これまた東芝製の「スナック3」なる調理器で、
その売り文句は、「トースト・ホットミルク・目玉焼が一度にできる。」
というもので、増田さんによると、まずミルクを入れて、2〜3分後
プレートに卵を落とし、最後にトースターにパンを入れるそうです。
まさしく、同時進行で3品出来上がりってところが合理的っ!?
こちらのお値段は、グッと安くなって3,500円也。ちょっぴりおバカな
ところが哀愁を誘います。

東芝 スナック3.jpg

当然、これら懐かしの昭和レトロ家電は我が家には残ってませんが、
なぜこんな物が家にあるのか、全く覚えのない物が一つあります。
「ナショナル110番ブザー」(正価:350円)
結構古い物と思われますが、ネットで調べても詳細は不明でした・・・。

110番ブザー1.jpg

110番ブザー2.jpg

人間風車

今回は大昔のプロレスのお話なので、興味のない方はスルーしちゃってください。
私は子どもの頃から大のプロレス好きで、建て替え前の大阪府立体育会館へ
よく観戦しに行ったものです。

“日本プロレス界の父”力道山亡き後、60年代後半から70年代中頃にかけての
日本マット界は外国人レスラーに席巻されていました。
“黒い魔神”ボボ・ブラジル、“銀髪鬼”フレッド・ブラッシー、
“魔王”ザ・デストロイヤー、“殺人狂”キラー・コワルスキー、
“荒法師”ジン・キニスキー、“鉄の爪”フリッツ・フォン・エリック、
“生傷男”ディック・ザ・ブルーザー、“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノ、
“アラビアの怪人”ザ・シーク、“お化けカボチャ”ヘイスタック・カルホーン、
“殺人鬼”キラー・カール・コックス、“粉砕者”クラッシャー・リソワスキー、
“大巨人”モンスター・ロシモフ(=後のアンドレ・ザ・ジャイアント)・・・。

彼らのほとんどがヒール(悪役・敵役)で、その当時の外国人レスラーたちは、
私を含む日本人にとって、とんでもない恐怖の対象でした。
とりわけ、“噛みつき魔”フレッド・ブラッシーが棒ヤスリで前歯を研ぎながら
入場してくる姿はパフォーマンスとはいえ、心の底から怖かった覚えがあります。

フレッド・ブラッシー.jpg

そんななか颯爽と正統派のベビーフェイスとして、ひとりのレスラーが登場します。
史上最強のプロレスラーと讃えられる“鉄人”ルー・テーズや“プロレスの神様”
カール・ゴッチもたびたび来日しますが、当時彼らは既に全盛期を過ぎており、
私的に最も衝撃を受けたプロレスラーが“人間風車”ビル・ロビンソンでした。
畏怖の対象であった外国人レスラーとは一線を画す青い目の勇士だったのです。

逆フルネルソンの体勢からビルの両手の指が1本1本掛かっていき、5本すべて
ロックオンされたその刹那、秒速で放たれるダブルアーム・スープレックスは
ほんと凄かったなぁ・・・。
すべての指が掛かるまであと少し、いや、もう一歩の所で逃げられる、といった
手に汗握る攻防というか、焦らしにたまらなく興奮したものです。

私が生でビルを目の当たりにしたのが、小学校6年生の時の大阪府立体育会館、
国際プロレスでのアニマル浜口戦だったように記憶しています。
さらに翌年、新日本プロレスでのアントニオ猪木を正面からの逆さ押さえ込みで
一瞬にして沈めたシーンは今も強烈に印象に残っています。

前出のルー・テーズ、カール・ゴッチにビル・ロビンソンを含めた3人のことは
「ストロングスタイル3強」と語り継がれ、昭和のプロレス史に燦然と輝く存在で
あったことは間違いありません。
ビルは今も健在で、嬉しいことになんと杉並区高円寺に暮らしているそうです。

アントニオ猪木の卍固めにギブアップ

懐古趣味 <5>

その他、私的に「懐かしの駄菓子」と言えば、タバコを
ふかす真似をしながら食べた、「ココアシガレット」や
遠足で支給されるおやつの中にいつも姿を見せていた
「カルミン」なんかが思い出されます。

ココアシガレット.jpg

カルミン.jpg

ココアシガレットの発売が昭和26年で、カルミンに
至っては、なんと大正10年販売開始の超ロングセラー。
私は昭和37年生まれなのですが、その37年前後にも
お馴染みのお菓子がたくさん発売されています。

37年は「フィリックスガム」や「チロルチョコレート」、
前年にはランキング第2位の「マーブルチョコレート」、
昭和38年には「クッピーラムネ」に「フエラムネ」、
同じく39年は「チョコバット」 「ジューC」・・・などなど。

フィリックスガム.jpg

チロルチョコレート.jpg

クッピーラムネ.jpg

フエラムネ.jpg

チョコバット.jpg

ジューC.jpg

もうひとつ、忘れてはならない駄菓子が「カタヌキ」です。
紙芝居のおっちゃんが売っていたり、また私の住んでいた
地域では校門の近くに車を停めて、下校する子どもたちを
相手に商売していたオヤジがいたり・・・。

カタヌキ.jpg

板状のお菓子(もちろん食べられます)の表面に描かれた
図形の周囲を針や画鋲で、私の場合は名札の安全ピン
でしたが、きれいに抜き取れば賞金や賞品が貰えました。
形もいろいろあって、難易度により賞金や賞品がそれぞれ
決められていましたっけ。

カタヌキ.gif

細かいところ、例えば上図でいうと、かさの柄の部分や
飛行機のプロペラ部分を抜くのがやっかいで、オヤジに
見つからないように、唾で少し湿らせたりしたものです。
しかし、ズルして抜いても、なぜかことごとくオヤジに
ばれて、賞品はもらえませんでした・・・。(涙)

インターネットによると、「カタヌキ」は今でも駄菓子屋
などで売られているようで、何十年か振りに子どもの頃
に戻って、抜いて抜いて抜きまくりたくなりました。(終)

懐古趣味 <4>

「ヨーグル」は、ヨーグルト風味で駄菓子の定番でした。
小さな木のヘラですくって食べるのですが、底の縁に残って
うまく食べられなかった思い出があります。

ヨーグル.jpg

“ヨーグル”と銘打っているものの、ヨーグルトなどの乳製品
は一切使用されていない“名前に偽りあり”商品でした。(笑)
因みに製造元であるサンヨー製菓株式会社は、私が生まれ
育った大阪市西成区に本社があります。

話が少しそれますが、幼い頃の西成区というと、紙芝居の
おじさんや飴細工職人さんが、まだまだ存在していました。
紙芝居ではミルクせんべいや水飴が美味しくって楽しみで、
飴細工職人が作る見事に彩色された鶴や鶏にビックリ!!

第7位の「ソースカツ」とは、「ビッグカツ」って呼ばれている
ものなのでしょうか・・・。 「ビッグカツ」は、今でもたまに
ビールのおつまみに買うことがあります。(うま〜い!)

ビッグカツ.jpg

第8位の「ラムネ菓子」はともかく、第9位の「ぶどう餅」や
第10位の「あんず棒」は、あまり馴染みがありません。
やはり20代のお嬢さんたちのランキングと40代後半の
親父の思い出とは、深くて遠い隔たりがあるんでしょうか。

ラムネ菓子.jpg

ぶどう餅.jpg

あんず棒.jpg

その他、私的に「懐かしの駄菓子」と言えば・・・。(続く)

懐古趣味 <3>

ビジネスを考えるうえで、若い女性の意識や嗜好、流行を
把握することが不可欠であると思い、よくこちらのサイトを
訪れるのですが、またまた面白いランキングを発見!!

20代女子に聞く『一番好きな「懐かしの駄菓子」』ランキング

第1位/駄菓子の王様!「うまい棒」31.2%
第2位/プチプチとシートから出して。「マーブルチョコレート」14.2%
第3位/お酒のおつまみにもなる。「よっちゃんいか」11.0%
第3位/素朴な甘さがほっとする! 「きなこ棒」11.0%
第3位/ふわふわサクサクの食感が人気!「麩菓子」11.0%
第6位/微妙な酸っぱさが逆においしい。「ヨーグル」8.4%
第7位/ソースの味が効いてます。「ソースカツ」4.8%
第8位/しゅわっとする味が堪らない。「ラムネ菓子」4.4%
第9位/グミとは違うモチモチ感。「ぶどう餅」2.6%
第10位/凍らせて食べると美味。「あんず棒」1.4%

「うまい棒」が堂々の第1位。 私が幼い頃はまだ存在して
いなかったようですが、調べてみると1979年発売開始と
いうことで、それでもすでに30年の歴史があるんですね。

うまい棒.jpg

もちろん、手頃なお値段(1本10円)と大きさに加えて、
種類が豊富なので、私もこれまでずいぶんと頂きました。
そして今、ハマっているのが「うまい棒」の姉妹品である
「うまい輪」なんです、それも“めんたい味”。

うまい輪.jpg

私は近所の100円ショップで購入していて、この店では
他に“チーズ味”と“野菜サラダ味”が置いてあります。
「うまい棒」が1本6g10円、「うまい輪」が1袋75g100円と
単純に比較してみると、「うまい輪」の方が少しお得!!

第2位の「マーブルチョコレート」もよく食べましたねぇ。

マーブルチョコ.jpg

記事のコメントには「プチプチとシートから出して。」っと・・・。
う〜ん、待てよ・・・そいつは「ハイエイトチョコ」やんけ!!

ハイエイトチョコ.jpg

両端に開けられた穴にそれぞれ輪ゴムを通して、メガネに
して遊んだことありませんか?
なんと嬉しいことに、今でも売られているそうです。

同率第3位の「よっちゃんいか」「きなこ棒」「麩菓子」には
特に思い入れはありませんが、6位に入った「ヨーグル」、
めっちゃ懐かしいなぁ・・・。(続く)

よっちゃんいか.jpg

きなこ棒.jpg

麩菓子.jpg

懐古趣味 <2>

当時の学校給食といえば主食はパンで、せいぜいスパゲッティが
出たくらいで、私はごはん(白米)を食べた覚えがありません。
そしてパンのお供といえば、言わずと知れた牛乳ですよね。

メインはビンでしたが、テトラパックや三角パックと呼ばれていた
正四面体の紙容器に入ったものもありました。
飲み終わった後、足で踏んづけるとパーンと大きな音がして、
よく先生に怒られたものです。
もうまったくといっていいほど見かけなくなりましたが、今でも
どこかでひっそりと存在しているのでしょうか・・・。

テトラパック.jpg

「脱脂粉乳って飲んどった?」
「そんなん、見たこともないわ!」

同年代でも住んでいる地域によってマチマチみたいですね。
私は西成区の今宮小学校でしたが、小学1年から3年くらいまで
脱脂粉乳だったような気がします。(記憶が曖昧・・・。)
大きな寸胴に入った脱脂粉乳をボコボコのアルマイトの容器に
注いでもらうのですが、とにかく臭いがキツくて激マズだった
ことははっきりと覚えています。

アルマイトというのはアルミの表面を酸化処理して強くしたもので
軽くて丈夫なのですが、熱伝導率が良いからか脱脂粉乳にしても
シチュー(らしきもの!?)にしても熱くて手に持てないため、
いつも犬食いになってしまっていました。(苦笑)
そして何回かに1回はココア味が付いていたような・・・。

こみ上げてくるクサい脱脂粉乳の記憶に負けそうになりながらも、
懐かしい話は尽きることなく、深々と夜は更けていくのでした。

懐古趣味 <1>

連休で実家に戻ってるからと大学時代の友人から連絡があって、
数年ぶりに軽く一杯やることになりました。
小奇麗な居酒屋で久しぶりに酌み交わすお酒はとても美味しく、
昔の友達の有り難さをあらためて実感しました。

私たちの年代ともなると(昭和37年生)、話題といえばもっぱら
懐かしの昔話で、薄れゆく記憶と闘いながらも次から次へと
どんどん膨らんでいったのでした・・・。

「『ラブテスター』っておもちゃがあったん覚えてる?」と私。
すると、「名前は知ってるけど、実物見たことないねん・・・。」

ラブテスター.jpg

見た目は電気工事士さんが持っているようなテスター風で、
本体から出ている2本のコードの電極をそれぞれ男女が握り、
空いているほうの手を繋ぎ合わせると2人の相性がわかると
いうものでした。
良い相性だとメーターの針がグィーンと大きく振れるんですねぇ。
ドキドキして手のひらが発汗すると微弱電流が流れやすくなり
針が振れるという至極単純な原理です。
なんだかうれしはずかしグッズだったなぁ・・・。

今度は彼が、「任天堂の『光線銃SP』は知ってる?」と聞くので、
「知ってるどころか山盛り持ってたで!」と勝ち誇る私。

光線銃SP.jpg

銃口に豆電球らしきものが付いてて、その光を標的のセンサーが
受光するとアクションを起こすという、これも単純な物でした。
別にこの銃じゃなくても、懐中電灯のように発光するものなら
何にでも反応しちゃいます・・・。(苦笑)
写真にもあるように、命中すると上部がバネでビョ〜ンと跳ぶ
ビールビンや目を光らせながら「グァオー!グァオー!」と吼える
ライオン、くるくる回るルーレットなどの標的がありました。
当時、結構高価な代物でしたが、すぐに飽きてしまいました・・・。

他にも部屋中ボールだらけにして怒られた『ウルトラマシン』や、

ウルトラマシン.jpg

ブロック状の部品を組み替えると、ラジオやスピーカーや色々な
ものができる『電子ブロック』なんかの話題で盛り上がりました。

電子ブロック.jpg

そんなおもちゃ達の話が一段落すると、今度は給食の話題に・・・。

トラウマ3悪人 <3>

次に、ちびっ子ルチラーを恐怖のどん底に陥れるのは“吸血鬼”です。
吸血鬼といえば、クリストファー・リーの『吸血鬼ドラキュラ』もとっても
怖かったですが、1968年に公開された劇場映画『吸血鬼ゴケミドロ』
の恐ろしさといったら、ハンパじゃないです・・・。(あくまでもその当時)
6歳の頃、親戚のおばちゃんに連れられて、尼崎の映画館で観ました。
その日の晩はもちろん、しばらくゴケミドロの夢でうなされたものです。

詳しいストーリーはこちらからどうぞ

テロリストの高英男をはじめ、出演者の顔が皆クドいのには驚きです。
そのうえ、気持ちがいいほどに醜い人間模様もクドいのひとことです。
額がざっくり割れて、スライムのようなアメーバ状の生物が割れ目から
脳内に入り込み、その人間を乗っ取って、他人の血を吸うという設定が
単純な吸血鬼物とは違い、一段と恐ろしいものに仕上がっていました。

吸血鬼ゴケミドロ.jpg

結局はパイロットとフライト・アテンダントだけが脱出に成功します。
そして街で彼らが見た光景、それはすでに吸血鬼ゴケミドロに襲われ
死に絶えた人々の累々と連なる屍骸の山・山・山・・・。

「どうしてこんなことになったんだ、こんなことに・・・・・。
遅すぎた・・・・・。 なにもかも遅すぎたんだ・・・・・。」

救いのないラストに、吉田輝雄の声が虚しく響き渡ります・・・。

人の体に何かが乗り移るボディスナッチ系の隠れた名作というと、
B級SFアクション、カイル・マクラクラン主演の『ヒドゥン』(1987年)
が真っ先に挙げられますが、こちらも超おススメですよ!!
ちなみに、『吸血鬼ゴケミドロ』はクエンティン・タランティーノに多大な
影響を与えた作品なんだそうです。(自身のHPで公言しています。)

劇場版予告編

トラウマ3悪人 <2>

トラウマになっている2つ目の恐怖とは、1966年に放送が開始された
TBSと円谷プロ共同制作によるウルトラシリーズ(空想特撮シリーズ)
第一弾である『ウルトラQ』の中の「悪魔ッ子」というお話です。

詳しいストーリーはこちらからどうぞ

♪ダンダンダンダン、ダンダンダンダン、ダンダンダンダン、ダンダン
ダンダン、ダンダ〜ン、ダンダ〜ン♪とまたしても、おどろおどろしい
メロディーが私の大脳を揺さぶります。

この「悪魔ッ子」に登場する東洋魔術団のリリーが夜な夜な幽体離脱を
繰り返し、自動車事故や殺人を引き起こすという物語なのですが、
肉体から抜け出したリリーが白い服を着て(モノクロなので白なのか
どうかは定かではありませんが・・・。)、フワフワと宙を漂い、夜の街を
さまよい歩く姿がとにかく怖かったなぁ。
(今も昔も、白装束の子どもは恐怖の定番ですね。)

リリー.jpg

そのうえ、少女リリーの実の父親でもある魔術師赤沼の顔の怖いこと。
(ちなみに小杉義男という俳優なんだそうです。画像を探しましたが、
残念ながら見つかりませんでした。)
この怪しい不気味なおっさんが、毎夜リリーを寝かしつけるために、
催眠術をかける・・・なんともおっかないシチュエーション。
しばらくの間、ひとりでトイレに行けなかった覚えがあります。
最後は精神のリリーが肉体のリリーの手を引いて、線路に連れ出し、
列車にはねさせようとするのですが・・・。

そして、エンディングには石坂浩二のこんなナレーションが・・・。

「一体、子供が犯罪を犯すものでしょうか? それも天使のように純真
な子供が。しかし、子供がその環境によって、脳組織のバランスを破壊
された時、完全な犯罪者となりうるのです。では、また来週まで・・・。」
                            <またまた次回に続く>

<追記>YouTubeに「悪魔ッ子」が投稿されているのを発見しました。
いつ削除されるかわからないので、是非是非ご覧になって下さい。
故・小杉義男さんの鬼気迫る演技も堪能できます。(2011年1月3日)

<追記>やはり、削除されてしまったみたいです。(2011年2月28日)

「悪魔ッ子」(2/1)


「悪魔ッ子」(2/2)

トラウマ3悪人 <1>

幼かった頃、暗闇がとても怖かったことは少し前にお話ししましたが、

最後の晩餐

そんな臆病者の私にとって、その当時怖かったものが3つありました。
まあ、今思えば別段どうってことないのですが、この3つのトラウマが
幼少期の暗闇でのさらなる恐怖をかきたてます。

まず1つ目は、サントリーオールドというウイスキーのCMなんです。
ご存知の方は、「え〜っ、なんでこれが怖いのん?」とおっしゃるかも
知れませんが、当時の私にはあのメロディーが地獄から聞こえる死者
のすすり泣きのごとく感じられたのでした。(そんなたいそうな・・・。)

これまで違うバージョンがいくつも放映されていますが、「顔がある。
明日がある。サントリーがある。」と渋い声のナレーションが入る、
確か1960年代後半から70年代にかけて流れていたものでした。
♪ダンダンディダン、シュビダディン♪のスキャットが強烈に耳に残る
曲で、小林亜星作詞作曲の「夜が来る」という題名だそうです。

顔・顔・顔・・・おお、こわっ!!


怖い表情の顔が次から次へと現れては消え、脳裏から離れません。
そしていつもこのCMに引き続き、♪ダン・ダン・ダン・ダダン・ダン・
ダン・ダン・ダン・ダ〜ン♪と、またしても聞くのも嫌なメロディーが
耳に入ってきます・・・。(サントリーがスポンサーだったんですね。)

怖くて手で耳を塞いでいました


ちなみに、この宇津井健主演の『ザ・ガードマン』というテレビドラマも
なぜだかわかりませんが、こわ〜いイメージが刷り込まれています。
このように今でこそ笑い話ですが、当時のちびっ子ルチラーにとって、
とんでもなく恐ろしい存在だったのでした・・・。     <次回に続く>

てんてん天下の天下一

お盆休みに妻と墓参りに行ったときのこと、それぞれの墓石の正面に
家紋が彫られているのを見て、「いろいろな家紋があるのね〜。」と
感心している妻に、「あそこの家紋なんか『天下一』みたいやで!」
というと、「なにそれ?」 「えっ、『天下一』知らんの?」 「ぜんぜん。」
「♪てんてんてん、てれつくてん、てんてん天下の天下一〜♪やで。」
「さっぱりわかりません・・・。」 「・・・・・。」

細部まで記憶していませんが、たぶん大阪駅構内であろう噴水の前で、
おじいちゃんと子どもが、何やらやり取りするCMなのですが・・・。
『天下一』ってお菓子があったこと、どなたか覚えていませんか?

お菓子のCMで懐かしいといえば、『西村のエイセイボーロ』なんかも
ありましたねぇ。

「きや〜っ、おかあさんに言うえ〜。」(ビックリ箱に驚く舞妓A)
「うち、そんなん知りまへんやん。」(無実を主張する舞妓B)
「あんたら何してはんの。二人で早よこれおよばれやす。」(おかあさん)
「おおきに、おかあさん。」(舞妓A,B)
「いやっ、西村のエイセイボーロやわぁ。」(舞妓A)
「うち、大好きどすねん。」(舞妓B)

YouTubeにありました!!懐かしい!!


ちなみに西村製のボーロは一度も食べたことありません・・・。(苦笑)

小さいときからよく頂いていた『北極のアイスキャンデー』のCMも
懐かしいなぁ。

「パパちゃん。」
「う〜ん。」
「おみやげ〜。」
「な〜んだい。」
「♪北極の・アイス・キャ・ン・デ〜♪」

こんなのも!!エラいぞ、YouTube!!


今はどうだかわかりませんが、アイスのバーというか棒に、二つに
割った割り箸が使われていたのを思い出しました。(なんかセコイ!)
親父が買ってくるおみやげといえば、『北極のアイスキャンデー』か
『ヒロタのシュークリーム』が我が家では定番でした。

こういうどうでもいいことは、いつまでもよく覚えているもんですね。
今回は古い関西ローカルネタで、わからない方にはサッパリでしたが、
記憶が曖昧なため、記述に間違い等があった節はご容赦くださいませ。
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